Comfortable life

生活に関するノウハウ

渋谷と老婆と詐欺未遂のおはなし

これは数年前に私が遭遇した詐欺未遂のおはなし。

当時、わたしはまだ20代で"善意"という価値観を強く持っていた。そんな価値観が仇となって詐欺未遂に遭うのであった。

 

その頃は毎晩ワインをよく飲んでおり飲みかけのワイン用に密閉式のふたが欲しかった。ちょうど東京に用事があったので、ついでに東急ハンズにでも寄ることにした。

 

県外に住んでいた私は高速バスで1時間ほどかけ、はるばる東京は渋谷まで出かけた。渋谷はたまに遊びに行っていたため土地勘もあるし東急ハンズもあるのでちょうど良かった。

 

買い物は簡単ですぐに希望の品を見つけることができた。そして帰りのバスが出発するまでの時間を潰そうと近くのNHK前の公園に向かった。秋風が吹く雨上がりの公園は、肌寒さと濡れた地面のためか人気がなくガランとしていた。そして生憎ほとんどのベンチは雨で濡れたままだった。カフェでも行くかと、考え始めたときに一人の老婆が声をかけてきた。

「ここのベンチは濡れてないよ。よかったら座らない?」

声をかけられるとは思わなかったので少し驚いたが手招きする老婆の誘いを無我に断る理由もなく私はそこに座ることにした。

 

老婆は厚手のコートに帽子を被り大きな鞄を持っていた。年齢は70歳くらいだろうか。どこにでもいる普通のお婆さんに見えた。

結構な話好きのようで自分のことをたくさん話してくれた。出身はどこで今は年金生活をしている。よく伊勢丹だったかの高級デパートにいく。とかそんな内容だった。陽気で悪い人には見えなかったし、時折見せる羽振りの良さからなんとなくお金持ちなのかと感じていた。

 

そしてなぜだか忘れたが老婆の姪っ子の話になった。美人でスタイルの良い姪っ子がいるが結婚相手がいなくて困っているそうだ。貴方みたいな人があうと思うのとか。

当時つきあっている人も居なかった私は、これはチャンスと思い話を聞いていたが、そのままの流れで紹介してもらうこととなった。そして初対面だったが連絡先を渡した。当時色々と問題を抱えていた私にとっては逆転勝利のチャンスに思えた。これが運命ってやつかもしれないとかそんなことを考えていた。

 

そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて帰りのバスの時間が近づいてきた。

「そろそろバスの時間なんで」

そう告げて立ち去ろうとしたところ、最後に老婆が言った。

「実は私は絶望していたの。家に鍵を置いたまま出かけてきてしまってオートロックで閉め出されて、姪っ子が帰ってくるのは明日でそれまで鍵を開けてもらえないの。手持ちもないので今晩は野宿を考えている。でもあなたに会えて明るい気持ちになれて良かったわ。」

急転直下。饒舌に話をしていた老婆は実は今晩泊まるところが無かったのだ。

季節は秋。夜になると気温も下がり、老婆が一夜をあかすことはかなり辛いだろうと思った。

 

しかし同時に少しの怪しさも感じていた。今時、鍵を家において閉め出されるなんて聞いたこともない。姪っ子に急いで戻ってきてもらうとか他の家族をあたるとかしないのか?

私は何故かそんな提案をせずに宿代を貸してあげようかなとか考え始めていた。

もしかしたら姪っ子を紹介してくれる期待感や、善い行いをしたいとかそんな気持ちがあったのかもしれない。

 

そして結局、わたしは詐欺の可能性を考えつつも1泊分のお金を貸すことにしたのだ。お金を貸す旨を伝えると老婆はとても喜び、見るからにテンションがあがった。東京のホテルの相場を調べ、それに足りるお金を渡すと更に老婆は饒舌になった。なんとなく、私が渡したお金の額が予想外に多かったのだろうと思った。

 

お金を渡して帰ろうとする私に老婆は何故かバス停まで送っていくと申し出た。特に困ることもないので承諾すると老婆が道案内をしてくれた。バス停に真っ直ぐ向かえば良いのに、なぜかスペイン坂を案内すると言われた。わたしは早く帰りたかった。

 

スペイン坂を通るとき空気が変わったことに気づいた。汚いものを見るような周りからのチクチクとした視線。まるで女性車両に間違って飛び乗ったような居心地の悪さ。変な汗をかきはじめた。

 

そんな時20代くらいの若い男から強い視線を感じた。そしてその男は急ぎ足で私に近づき開口一番。

「あなたはそのお婆さんの知り合いですか?そのお婆さんはこの辺りで有名な詐欺師ですよ!」

男は早口でまくし立てた。わたしは急な展開に時間が止まるのを感じた。数秒の後ゆっくりと思考が始まり、再び周囲のチクチクした視線を感じ始めた。やっぱり老婆は詐欺師だったのか?

 

老婆は"狼狽"という表現がピッタリな様で

「さ、さ詐欺師じゃないわよ!!このお金も返す!!」と言って、宿代をつっかえして走り去っていった。

そして若者は「僕、捕まえてきます!」と言って追いかけていったのだ。

 

私はあっけにとられてポカンとしていた。周りからのチクチクした視線はピークを迎えて、その後徐々に減っていった。

「あ!バスの時間だ!」出発時間が差し迫っていることに気づき早歩きでその場を去った。詐欺師の老婆と勇敢な若者を置いてわたしは異質な空間から逃げ出した。

 

帰りのバスでは今日起こった出来事を思い起こした。頭がボンヤリしてうまく整理がつかなかった。あれは詐欺だったんだとボンヤリと理解は出来はじめたけど実感は湧かなかった。思い起こしてみると可笑しな点はいくつもある。饒舌すぎる老婆、姪っ子の話、よく練られた老婆のストーリー、スペイン坂で感じたチクチクする視線。そして勇敢な若人を置いてきてしまったことを思い出し、悪いことをしたとも思った。目まぐるしい1日だった。

 

何日か経って友人にこのことを話した。するとあのまま若人を追いかけると更に詐欺にあっていたもしれないと言われた。わたしが追いかけるところまでが詐欺のストーリーなんじゃないかと。追いかけたら路地裏に連れ込まれて有り金全部取られるとか。

確かに、老婆はあの時なぜお金を返したのだろうか。スペイン坂でのチクチクした視線は何だったのだろうか。若人は本当に老婆を捕まえに行ったのだろうか。今となっては正解は分からないが、結果的に詐欺は未遂で終わり私は元気で生きている。精神的には少し応えたが、詐欺になんてあう訳ないと思っていた自分には良い薬になった。

 

この話は自分にとっては鉄板ネタにもなったし、この話をお好み焼き屋さんのおばさんにしたところ「大変だったね〜」とぼた餅を貰えたので経験を含め意外に得るものも多かったように思える。しかしながらこういった経験を通して"善意"はすり減っていく様にも感じる。

 

おわり